青のポータルから来て、普通にオレンジ。

地下で行われるバーチャルの鑑賞中、空腹を覚えた私は食い物を探しに三十六景に飛び出した。

緑色に輝く海が呼ぶ声に導かれ、直径50歩ほどの入り江に立ってみる。508時間ちょうど待っていると、空腹の私にふんと良い匂いが届けられた。思想家曰くの楽しい時間である。おかげさまで80年などという薄い時間でも長く楽しめるのだ。

辿り辿り匂いの方向へと歩いてみると、どうやら匂いの源は進行方向を同じくしてこちらから離れているらしい。逃げられているという事に腹を立てた私はついカッとなって走り出した。一気に距離を詰めてのち、その品良く香水の匂いを纏わせた全身ワニ皮の女を力任せに割いてやる。醜い悪態をつきながらサメの腹にしがみついた女は、九段下の法律家であるらしく、

「法学の紫衣至らず!啄木鳥よ!」

とホラーに叫び、しがみついたままサメと共に去ってしまった。

テトラポットに登り、てっぺん先を睨み、

「大変な事をした。二度とあのような者を逃すまい、正義にかけて。」

と涙を流して懺悔した。この時私は正義を振るう躊躇いを捨てたのだ。

しかし、所詮の者であるわたくしの懺悔を聞くものが居ない事には十分安堵し、またぞろ入り江に戻ると小さな蛇口が真ん中に生えていた。つまり25歩進んだ所だ。先程までは無かったはずであり、蛇口というのはおかしい。笑えるという意味ではなく、どう考えても変だ。何故ならあれは蛇には見えない。蛇の口は顎が外れて、かなり大きなものでも飲み込めるようになっているのだ。

思案無しに捻ってみると、蒸気のような煙のような白いモヤが噴出した。何となく蛇口を下に向けているのが窮屈そうで可哀想に思えたので上に向けて噴出を手助けしてやったらば、とても良い行いをしたので幸福感が無数のアリのように足元から這い上がってきたのだが、その素晴らしい行いを誰も賞賛しない事にむかっ腹が立ってきた。

私はこんなにも正義であり、社会的にとてつもなく素晴らしいのに誰も見ていないなど全員にとって損失であり道徳の為にならんとして入り江から蛇口を引き抜き市中で行いを披露することに決めた。

しかし、モヤの噴出と共に入り江は水がみるみる引いていき、直ぐに銀色に輝く鉄の階段が現れた。一歩踏み出す度に顔が引きつる程大きな音が響くような階段だ。下を覗いてみると、真っ暗で何も見えない。参ったなぁと天を仰ぐと四階ほどの高さに天井が見える。下よりは上の方が近そうだ。とりあえずの目標を見つけた私は上ってみることにした。鉄の階段を一歩一歩のぼってゆくと、踊り場に二つの階段が現れた。右を行くか左を行くか、迷いなく左を選んだのには理由がある。左を進んでいくと先程の女が構える事務所にたどり着いた。差し出されたコーヒーを一口啜り、自らの正義についての議論を交わした後に空腹を思い出したのがつい先程の私である。

これより先は、過去ではなく現在を飛び越えて未来の話になるのだが、ようやく空腹を満たした私は突然の目眩と共にあの入り江へと舞い戻るのであろう。

そうして自らのすべき事を思い出すのだ。

つまり、蛇口。

蛇口を探さねばならないだろう。

求める者には与えられる、それが現実であり未来であると知っているならば蛇口は既に私の手の中にあり、そして彼自らの告白にて私の正義は賞賛されるであろう。

その中にいて、私は大変に醒めている事に気付いた。先程の飲料の所為であろう。非常に心地の悪い椅子から立ち上がり、直ぐにでも誰かに警告せねばならない。賞賛を受けた私だ、道行く人に笑顔でいなければ。それが皆の喜びであるのだから。足早に我が家に戻り一目散に25歩を駆け寄ると、丁度入り江の真ん中で立ち止まる事が出来た。

 

終わり。